魚話その211 シン・リアルタイム骨取りその5 ~漂白と粗整形やるよ~

●チカメキントキの全身骨格を例に 

 

今回も液体に浸すだけなので,余談が多めの回.
脂ノリノリだったので,頭骨は有機溶剤脱脂(限定公開記事の方)の最終段階までやってしまったが,いい感じに脂は抜けた(Fig. 1).
 

Fig. 1 脱脂が完了した様子

脱脂の過不足は脱脂液を透明なガラス板に数滴垂らし,揮発後の残渣(ざんさ)を見て簡易判断する(Fig. 2)もよし,ホネをしばらく放置して変色しないか観察するのでもいいと思っている.

Fig. 2 脱脂の確認例
我が家には作業待ちのホネが溜まっていて自動的に放置期間が長くなるので,自然放置による変色の有無で判断することが多い

除肉でも触れたが脳は脂の塊なので,完成直後は真っ白でも,時間の経過とともに残った脳組織が酸化して変色することも多い(Fig. 3).

Fig. 3 脳の除去不足で頭頂部が褐変した頭骨(マツカサウオ)

さて.
僕がやっている漂白とすすぎの例をFig. 4に示した.
漂白作業は地味に拘束時間が長いので,脱脂済のホネであれば適当に日程調整し,週末や連休の午前中から始めている.
刺激臭はないが,跳ねた滴が眼に入るとダメージを受けるので,安全眼鏡を着用する.

Fig. 4 漂白・すすぎの例

1. 有機溶剤抜き
残留した有機溶剤と漂白液との反応が怖いので,晴天時を狙い風通しの良い屋外に2日ほど放置して完全に抜く.
厳寒期や梅雨時,大型魚の場合はもう少し長めに放置する.

 

2. 漂白
オキシドールないしは1~3%に希釈した過酸化水素水に漬ける(Fig. 5).
残った軟組織が発泡してホネが浮くので,一回り小さいタッパーやPP板で落とし蓋(金属はNG)をし,漂白液液面下に沈むようにする.
使用後の漂白液は,短期間のうち,かつ,数回であれば使いまわし可能だが,危険なので絶対にスクリューキャップ式の容器で保管しないこと(注意点5-2を参照)!

Fig. 5 漂白の様子
a) 漂白液に浸した様子, b) 「落とし蓋」をしてホネを水面下に沈めた様子

 

3. すすぎ
大きめの容器にたっぷりの水を用意し,何度も水を入れ替えながら漂白液を完全に抜く(Fig. 6).
同サイズの容器が2つあると作業が楽だ.
魚体や水量によって適切な回数は異なるが,冬季は10回目以降のすすぎで一晩放置することもある(夏季は怖いので一晩放置はしてない).
すすぎ初期はホネに残った過酸化水素により反応が継続する可能性があるため,どんなに時間がなくても放置しないようにしている.

Fig. 6 すすぎの様子

魚の体型によっては水交換の際に強い負荷がかかる可能性もあるため,園芸ネットでバスケットを作る等,魚体保護のための細工もする(Fig. 7).
また,パーツを紛失しがちなので,ザル越しに換水する等のリスク管理を行いたい.

Fig. 7 破損防止のための自作かご(イヌノシタ)

 

4. 乾燥・粗整形
すすぎから回収したらペーパータオルに乗せて軽く水を切り,スチレンボードやステンレス針を使い,脊柱と頭部の角度を調整する(Fig. 8a).
乾燥時に関節の連結部が収縮して全体的に縮む可能性があり,鰭条末端がスチレンボードに貼り付いていると断裂する可能性がある.
スチレンボードの小片や針をうまく使い,ボード本体から鰭条末端を浮かせて乾燥させると被害を軽減できる(Fig. 8b).
体の中心部から末端に向けて整形すると良い感じに仕上がるので,体軸の粗整形は地味に重要だ.
肩帯や腰帯はこれまで同様にフックで吊るしても良いし,連結が緩くなっているようであれば,針でうまく角度調整をして鰭条末端がスチレンボードに触れないようにして乾燥させておく(Fig. 8c).
頭骨は一度乾燥すると左右の膨らみ具合や鰓弓の整形が面倒なので,丸めたキムワイプ等(ティッシュペーパーだと取り出す際に繊維が残って面倒)でいい感じに膨らませておく(Fig. 8d).
作業が順調な場合,いずれの部位も全体的にふやけている状態は今後ないので,鰭条を分離しておく等,この状況を最大限に活用したい.
詰め物等で乾燥しづらくなっており軟組織に雑菌が繁殖するリスク等を加味し,微風を当てて乾燥している(急激な乾燥は変形・破損のリスクがある).

Fig. 8 粗整形の様子
a) 体軸の整形,b) 鰭条を浮かせている様子,c) 肩帯:腰帯の乾燥,d) 鰓弓の整形の様子

以降は漂白~粗整形の注意点.

5. 注意点
5-1. パーツが緩くなっている
漂白液はパーツ間の連結を緩くする作用があり,長時間漬けすぎるとパーツ分離,最悪の場合は骨がモロモロになってしまう.
こまめにチェックし,程よく赤・黄系の色が抜けたらすすぎへ.
濡れている時は若干黄色味を帯びているホネも乾燥と共に白味が増すので,一度粗整形まで進めて白さ不足を感じたら再漂白するのでも良いと思う.
二度手間になるが,崩壊するよりはずっっっっっっとマシだ.
また,漂白で発泡した軟組織の浮力増加や連結の緩みの影響は結構大きく,一部のパーツだけに錘を乗せると変な負荷がかかり,分解などのトラブルに繋がる.

5-2. 漂白液の再利用と保管について
使用済みの漂白液(過酸化水素水)は,しっかり除肉と脱脂が済んでいれば数回の再利用は可能と考えているが,保管はPP製タッパーに軽く蓋を乗せる程度にしたい.
液中に残った軟組織等と反応して発生したガスで容器内の内圧が高まることがあり,スクリューキャップ式容器やロック付きの容器では破裂の恐れがある(Fig. 9).
販売時にオキシドールが入っていた容器なら…と言いたいところだが,一晩放置でパンパンに膨らんでいて冷や汗をかいた経験があるので,お薦めしない.
破裂しないにしても,次回蓋を開けた際に「プシュッ」っとガスが出て顔に雫が飛んできても嫌だ…

Fig. 9 a) 35%過酸化水素水の容器に設けられたガス抜きの穴, b) 使用後のオキシドールを戻してパンパンに膨らんでしまった容器

5-3. 過酸化水素は温度上昇でパワーアップする
オキシドールの主成分である過酸化水素は温度が上がるとパワーアップしてホネがバラけたり,最悪ホネの表面がボロボロになるため,夏季の漂白は特に注意している.
すすぎ用の水も配管に滞留して温まった水を流し切り,そこそこ冷えた水を使うようにしないと同様の悲劇が起きる.
手間暇かけた全身骨格が,目を離した隙に分解しているいるのを発見した思い出は数え切れず,思い出しただけで震えてくる(Fig. 10).

 

Fig. 10 a) すすぎ工程で鰭条が崩壊したイヌゴチ, b) 半身骨格として仕上げたイヌゴチ
冷水と間違えて温水を入れてしまった僕が100%悪い.
脊柱他さまざまな場所が分離していたが,最終的には全部繋げ直し,半身骨格として仕上げることはできた.
が…かなり精神的ダメージを負った.

5-4. ステンレスも腐食する
ステンレスはホネに残った軟組織&過酸化水素と反応して腐食することがあるため,解剖器具を錘代わりに使うのはもとより,ステンレス針金で数珠繋ぎする場合も注意が必要だ.
条件次第では半日ほどで赤錆が出たり,針金が切れる(Fig. 11).
錆色がホネに移ると,薬品工程が一つ増えて面倒だ.

Fig. 11 a) ステンレス製品に発生した赤錆, b) 錆で切れた針金

5-5. 虫害やカビに注意
脱脂が終わって魚臭がかなり軽減されているとはいえ,漂白の前後いずれもホネの各所に軟組織が残った状態になっている.
虫害発生時は部屋丸ごとの作業になるので,作業待ちのホネには注意.
今まで無縁だったから…と思っていても,ある日突然虫やカビにロックオンされてしまう.

カワハギの尾ビレのように色が抜けにくいこともあるので,ほどほどのところで切り上げるのも大事だと思う(Fig. 12a).
また,魚種によっては漂白前から十分に白いこともある.
そういう場合は不要な破損を防ぐため,漂白液に鰭条を触れさせぬように浸すこともある(Fig. 12b).

Fig. 12 鰭条の漂白
a) 漂白後も色が残るウマヅラハギの鰭条,b) 鰭条と漂白液の接触を避けているトクビレ

やることやったので,今日はここまで.


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